Lv.3 Road to ボキャ大富豪
僕は文を書くのは嫌いじゃないのですが
語彙がとてつもなく乏しいのです
音楽ライブの感想を演者の方に伝えるとき
「楽しかった!」しか出てきません
僕はその「楽しかった!」に全ての思いをブチ込んでいますが、相手からしたら薄っぺらく感じてしまうかもしれません、困りました
本もあまり読みません
高3のときに読んだ数少ない中の1冊
V=E=フランクル著 『夜と霧』
(原題 : ある心理学者、強制収容所を体験する)
(はてなブログの様々な機能に慣れるために
Amazonのリンクを貼ってみました)
かなり有名な本ですが、
ナチスの強制収容所での実体験を心理学の観点から解いていくという内容で、
非常に簡単な表現で読みやすいので、
気になった方は是非読んでみてください
話は逸れましたが、小説なども読みません
を読もうとしましたが、中々頭に入らない…
でも他の本を読むなら、まずこれらを読みたい…
そして、小説よりも専門書(主に哲学、といっても読んだのは数冊)の方が好みで、つまり、表現の幅が増えないのです
ボキャ貧→ボキャ大富豪への道
というわけで、とあるシーンを、尽くせる限りの表現で伝える努力をしようと思います
お付き合いください
今回のテーマは
「朝ごはんに目玉焼きを食べた」
これに挑戦してみます
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6月中旬。
不愉快な電子音が一定のリズムを刻み、部屋の中に鳴り響く。
この瞬間、世の中が7:00になったことを悟る。
今日もまた起きてしまった、と思う。
これは、毎日が辛いからではなく、これから身体を起こさなければいけない、という煩わしさである。
脳は起きているが、身体はまだ眠っていると自分に言い聞かせ、瞼を擦ることなくスマートフォンを手探りで探し、音量ボタンを押して、不快な音に終止線を引く。
部屋が静寂に戻る。
安堵とともに、一時停止しておいた夢の再生を図る。
長い読み込み時間も終わり、いざ再生されようとしたとき、再びあの不快な音が響き渡る。
ダ・カーポだった。
同じ手順により不快音を止めるわけだが、昨晩追記したD.C.の文字を消した。
不意に瞼が開いた。先ほどの苛立ちはない。
手探りで再びスマートフォンを手に取り、画面を点ける。
11:21
萎えた。また、午前を潰してしまった。
仕方なくゆっくりと起き上がり、リビングへと向かう。
リビングに着くと、焦げ茶色のダイニングテーブルに置いてある日清のカップラーメン醤油味を手に取り、古い給湯器からお湯をいれ、ソファーへと向かう。
今日の朝ドラを見るためにテレビを点けた。
ブルーレイレコーダーが起動する間の数秒間、NHKの衆議院の予算委員会が流れる。共産党の志位和夫氏がドイツのクルツ・アルバイトという制度をパネルを使いながら説明をしていた。なぜ、このシーンを覚えているかというと、「ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか」という本を読んだ直後であり、クルツ・アルバイトがその本の中に出てきたからである。
ブルーレイレコーダーが起動され、朝ドラ「エール」を再生した。僕の夢と違って読み込みが早い。冒頭の主題歌が流れ終わったとき、カップラーメンの蓋を開け、麺が適当な硬さになっていることを確認して、一口目を食らう。少し硬かったが、至福だった。怠惰なりの幸せとは、まさにこれだと、麺と共に噛み締めた。
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目玉焼きを食べ損ねました。
書き出したときは、本当に目玉焼きを食べるつもりだったんです。これは本当です。
筆(という名のフリック)が止まらず、気づいたらカップラーメンを食べていましたが、後戻りは出来ませんでした。
またいつか、目玉焼きに挑戦するか、あるいはお題が頂けたならそれに挑戦してみようと思います。
追記 : ダ・カーポが書いてあっても、その前に終止線を引いたから、わざわざD.C.を消さなくても良かったね、別の表現にすればよかった!
Road to ボキャ大富豪
To be continued...